旧海軍司令部壕


住所: 豊見城村字豊見城236
TEL: 098-850-9342

昭和19年(1944年)に掘られた司令部壕で、当時は450mあったと言われています。
米軍の艦砲射撃に耐え持久戦を続けるための地下陣地で、4000人の兵士が収容されていました。
戦後しばらくは放置されていましたが、数回にわたる遺骨収集の後、昭和45年(1970年)司令官室を中心に
275mが復元されました。
海軍壕公園の中に慰霊塔が建っています。


昇降廊

105段、30mの階段を降りると通路が続いています。


通路

壕内を縦横に張りめぐらされた通路は、
沖縄が戦場と化していた時代負傷した兵士であふれていたそうです。


幕僚室

司令室・作戦室に近いこの部屋は、幕僚が手榴弾で自決したときの破片の跡がそのまま残っています。


司令官室

「大君の御はたのもとに死してこそ人と生まれし甲斐ぞありけり」という大田司令官の愛唱歌が壁に書かれています。
壕に残されていた遺品
沖縄旅行記トップへ戻る♪