具志川城
(ぐしかわぐすく)


太平洋と東シナ海を分ける喜屋武岬の断崖の一角に築かれています。
石垣は珊瑚石灰岩を野積みしたものですが、門の部分には切石を用いた痕跡が確認されています。城の規模は、東西82〜83メートル、南北は二の丸で33メートル、本丸で16〜17メートルです。

久米島の伝説によると、久米島の具志川城主であった真金声(まかねくい)按司が伊敷索(いしきなわ)按司の次男真仁古樽(まにくたる)に攻められて落城し、島を脱出して本島に逃れてこの地に故郷と同じ名の具志川城を築いたと言われています。その真偽は不明とのことですが、双方の立地や規模、構造はよく似ているとのことです。
断崖の付け根に城門があり、そこから一段下がって二の丸。さらに下がって本丸が海に突き出しています。
昔の壮大なロマンを感じさせてくれながらも、この地が沖縄戦最後の場所であり、50年以上過ぎた現在も喜屋武岬付近からは遺骨が収集されていることを聞くと複雑です。

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